2012年07月12日

琳派・若冲と雅の世界 展

16日まで横浜、そごう美術館で開催されている「琳派・若冲と雅の世界」展に行って来ました。

Ⅰ 華麗なる琳派

江戸初期の京都で俵屋宗達が確立した琳派様式。宗達は平安以来の伝統的なやまと絵を基盤にしながら、斬新な構図や明快な画風で心機軸を開いた。金銀泥絵の草花図、物語絵、水墨画などその画域は多岐にわたる。
尾形光琳は約百年を経た宗達画に影響を受け、より洗練された画風で一世を風靡した。高級呉服商、雁金やの二男に生まれた光琳は優れた意匠感覚に恵まれていたのである。光琳は続く渡辺始興や深江芦舟は琳派への高い期待に応えつつ、それぞれに独自の足跡を残した。江戸後期の中村芳中も琳派に私淑し、大阪を基盤にユニークな作品を多く手掛けた。
これらの京(上方)琳派に対し、江戸後期の江戸で新たな琳派様式を描いたのが、酒井抱一を筆頭とする江戸琳派である。抱一や弟子の鈴木基一らは光悦を慕いつつも、江戸らしく酒脱で繊細な作風を得意として大きな人気を博した。近代には上坂雪佳が京琳派の復興を唱え、その優雅な画風は海外でも広く評価されている。
琳派三百年の系譜はこのように、多くの画家、作品によって綴られる。京都と江戸、まだ江戸前期から後期へ、さらに近代へと。土地柄や時代により変容しながらも貫かれてき美意識。風趣にして清新な琳派は今なお渡したちを魅了して止まない。

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忍草下絵和歌巻断簡  本阿弥光悦 書  俵屋宗達 下絵

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簾に秋月図  渡辺始興

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朝顔図  中村芳中

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表面

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裏面

鹿楓図団扇  酒井抱一

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月に葛図  鈴木基一


Ⅱ 若冲の魅力

京都で伊藤若冲ほど話題性に富む画家はいないのではないだろうか。錦小路の青物問屋の主人でありながら、家業に専念せず趣味の絵画制作に没頭、狩野派を修めたのちは元、朝などの中国古画を独学で学んだ。ついに四十歳を機に家督を弟に譲り、画家として第二の人生を歩む。卓越した描写力に支えられた独創的な画面は、江戸中期の京都画壇に旋風を巻きおこした。特に鶏を好み、生気溢れる鶏図を多く描いていることが知られている。

若冲は、相国時に奉納した濃彩で緻密な「動植綵絵」と仏画の計三十三幅が有名だが、一方水墨による屏風や掛軸も多く手掛けている。高度な技法を駆使した水墨表現や意表をつく構図、愛らしい表情など、優れた手腕は墨のみであっても冴え渡り、若冲独自の水墨世界を形成している。最晩年は深草の黄檗宋石寺前に墨、絵一枚を米一斗と代えたというエピソードも残るが、その多くは水墨画だった。

初期の「雪中雄鶏図」から八十二歳で描かれた「鶏図押絵貼屏風」まで。写実を極め、羽の一筋も見逃さない鋭利な表現から転じ、飄逸な水墨画に筆を躍らせる若冲。その境地に想いを馳せ、ともに分かち合いたい。

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雪中雄鶏図  伊藤若冲

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鶏図押絵貼屏風  六曲一双  右隻 伊藤若冲

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鶏図押絵貼屏風  左隻  伊藤若冲

鶏の尾羽の表現が力強く、生き生きとして素晴らしい作品でした。左隻の鶏に子供の姿が描かれていて、微笑ましさを感じる作品でもありました。何度となく鑑賞してしまいました。


Ⅲ 祈りの美

神仏への真しな祈りの心  人智をこえた存在へのい敬の念は、優れた宗教美術を育んだ。細身コレクションの出発点であり、今なお根幹を成すのが、仏教・神道美術の数々である。仏像や仏画として表わされて仏。その慈悲にみちた表情、崇高な姿は苦しみ多い世に生きる人々を幾度も救い、慰めてきた。経巻に描かれる小さな仏も、掛軸として衆目を集めた大きな仏も、切実な祈りを何百年も受け止めてきたのである。
仏だけではない。中世には「日本古来の神の本当の姿は仏である」という、神仏習合の宗教観が定着し、神道と仏教の両方の要素を併せ持つ造形が多くつくられる。「線刻十二尊鏡像」のように、本来ご神体とされる鏡に仏の姿が刻まれる例も多く、当時は神と仏は一体化したものとして理解されていた。
密教で使う鈴や堂内に懸けられた華曼など、仏具に施された華麗な装飾文様。かざりを尽くすことが仏の意にかくとされ、極楽往生を願う高貴な人々は競って豪奢な荘厳具を奉納した。尾長鳥や宝相華といった、仏を讃える花鳥はエキゾチックな趣を湛えている。金色や豊かな彩色で彩られた仏具に、王朝貴族の好みと作り手の高度な技法がうかがわれる。

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線刻十二尊鏡像  重要文化財

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金銅春日神鹿御正体  重要文化財

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金銅透彫尾長鳥唐草文華鬘  重要文化財


Ⅳ 王朝と雅と源氏絵

平安時代、王朝文化が花開く頃、貴族に興った物語文学の世界。物語を語り聞かせる手助けに押絵がえがかれるようになり、絵巻物や冊子の押絵としての「物語絵」が誕生する。中でも千年前に書かれた「源氏物語」は物語絵の発展を大きく促した。
「源氏物語」が多くの読者を得るに従い、各帖の名場面が絵画化される。複雑なストーリーの解釈に、押絵は極めて有用であった。それらは次第に「源氏絵」としてやまと絵の中でも重要な画題として定着する。中世以降は物語本文を伴わずとも「源氏絵」だけて物語を思い浮かべ、楽しむこともあった。桃山時代から江戸時代にかけては小さな色紙から大きな屏風まで、王朝の雅な宮廷生活を偲ぶよすがに、さらには大名婚礼調度などの意匠に「源氏絵」は広く取り上げられた。
「伊勢物語」も多く「伊勢物語絵」として描かれている。「源氏物語」と異なり和歌を主体とした短編集の「伊勢物語」は、格段ごとの特徴が明瞭で、場面を捉えるのが比較的容易であったのだろう、江戸時代には特に琳派が好んで「伊勢物語絵」を描き、また「伊勢物語かるた」も普及していった。
文学と美術の出会いが育んだ物語絵、物語意匠の数々。描かれた美男美女の吐息が聞こえるようである。

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扇面夕顔蒔絵引出箱

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伊勢物語かるた


Ⅴ  かざりの意匠

「かざる」は「かざす」に通じ、一節に古く花を髪にさすことに由来するという。神近く仕える女性が性なる力を得る時、身をかざったのである。
平安時代以降、神に奉納する鏡の裏には、美しい草花や吉祥模様が施された。円の中の小宇宙は切ない祈りを帯びていて悲しい。一方、衣・食・住の調度や着物のかざりは楽しく、工夫が凝らせれている。特に桃山から江戸初期にかけて、工芸の世界は飛躍的に進歩する。染織や蒔絵んど、高度な技法が発達するのに伴い、その意匠もかってないほどに豊かな広がりをみせた。
例えば、聚楽第伝来とう七宝の「夕顔文釘隠」をはじめ、七宝による建築金具の数々。釘隠や襖の引手といった。本来脇役の調度が込められたこだわりに、注文主、建築家、金具家の好みが見え隠れする。
江戸時代に幕府より式楽とされた能。各大名家は競って華麗な能装束を拵え、上演に用いた。舞台映えする鮮やかな意匠、染め、縫い、織りなどに尽くされた手技が優美である。
さらに、海外でジャパンと称される日本特有の蒔絵。食の器や煙草盆など、手近な調度が描かれた金の模様は流麗で、華やいだ空間の演出にふさわしい。機知に富み、実用と装飾を兼ね備えた調度。遺されたきた「かざり」こそ日本の美の本質である。

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芦屋十一面観音図香炉釜

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藤蒔絵提重

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夕顔文釘隠


素晴らしい美術品が多く展示され素晴らしい展覧会でした。中でも若冲の作品には感動しました。


















crystaltakara at 16:29│Comments(0)TrackBack(0)

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