2011年08月28日

「国立エルミタージュ美術館所蔵 皇帝の愛したガラス」展

先日、庭園美術館で開催されている「国立エルミタージュ美術館所蔵 皇帝の愛したガラス」展に行って来ました。

国立エルミタージュ美術館に収められている。18世紀半ば以降、歴代のロシア皇帝、皇族、名士によって収集された2,000点を越えている所蔵品より精選した約190点の名品により国立エルミタージュ美術館ガラス・コレクションの全貌を紹介する展覧会です。

ルネサンス期に花開いたヴェネツィアのガラスからボヘミア、イギリス、スペインを経て19世紀末フランスのアール・ヌーヴォー様式へといたるバラエティ豊かなガラスの歴史をたどるとともに、18世紀以降、ロシア皇帝ガラス工場で製造され、、宮廷を華麗に彩ったインテリアなどを鑑賞する事が出来ます。

第1章  ルネサンスからバロック時代へ

15世紀から18世紀における欧州最大のガラス生産地であったヴェネツィアは、その地理的位置と地中海地域の重要な港湾都市という役割いおいて、ガラス製品の様な奢侈品の生産には最適であった。湾内に位置するムラーノ島には多数の工房が軒を連ねていた。この地でガラスに関する大部分の科学的発見がなされ、装飾のための基本的な技術のほとんどがこの地で考案された。
ムラーノ島におけるガラス生産が最盛期を迎えた15世紀後半、薄手で高品質の無色のソーダ・ガラス「クリスタッロ」が開発されたことにより、表現の幅が一気に広がった。さらに、中国製の磁器を摸してガラスを白濁させた「ラッティモ」や、ガラスのピースをモザイク場に組み合わせた「ミッレフィオーリ」の様な古代技法の復活も、この分野におけるヴェネツィアの位置を確固たるものとした。16世紀に入ると、「フィリグラーナ」や「ア・レティチェッロ」といぅたレース・グラスの装飾技法が編み出され、ヴェネツィアは名実ともに欧州におけるガラス工芸の先進地となった。同時に、この地を抜け出したガラス職人が地理的・社会的条件が整った欧州各地で「ファソン・ヴニーズ(ヴェネツィア様式)」と呼ばれるヴェネツィア風のガラス器の制作を試み、欧州で大流行した。
ガラス工芸の分野におけるヴェネツィアの優位性は18世紀に入ると急速に失われ、代わってボヘミアやドイツ、フランスでの生産が全盛期を迎えた。質の高い厚手のガラス器を生産する手法を会得したボヘミアでは、エングレーヴィングによる装飾が施されたガラス器が隆盛を極め、同時にエナメル彩色によって華やかに絵付けされた”フンペン”と呼ばれる筒状の飲用グラスやゴブレットんどが盛んに製造された。精密に加工された金銀箔を挟み込んだ、「ゴールド・ダンドウィッチ」のような古典技法の応用も試みられた。この時期はシレジアやポツダムといったドイツ地域でも多彩な形状や技法のガラス器が制作されていた。金を使って赤く発色させた神秘的な「ルビー・グラス」も製造されたが、これらは錬金術師たちの活躍と深く関わっていた。
スペインもまた古くから欧州におけるガラス工芸発展の一翼を担ってきた。カタルーニャやアンダルシア地方において、イスラム圏と欧州ルネサンスの影響が融合した独特の形状を持つガラス器が生産されていたが、18世紀に王立のガラス工場が創設されると、個性豊かな作風は急速に失われた。

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鉢・タッツァ  ヴェネツオィア、16世紀後半期

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巡礼者水筒  ヴェネツィア、15世紀後半ー16世紀初頭

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水差し  ヴェネツィア、16世紀半ば

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「有翼の脚部」を持つゴブレット  「ファソン・ド・ヴニーズ(ヴェネツィア様式」)、17世紀後半

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チョコーレート・カップ(ツランブルーズ)と受け皿
とても深い色合いで美しく鑑賞できました。

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蝶番のある銀製蓋付き手付ジョッキ  ボヘミア、1598年
此のブルーの色合いは私の好きな色合いです。

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ティーポオッツ  ポツダム(?)、1690年頃
透明ルビー色グラス

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野ウサギとキツネ狩りを描いた蓋付ゴブレット  ボヘミア 1730-1740年頃
繊細な絵付けがとても見事です。

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狩猟場面を描いたデザート用鉢  シレジア・ヒルシュベガー・タール、1750年頃。

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絵付デカンター、ボヘミア、1775年頃
美しい色合いで描かれた構図が見事です。

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花器、スペイン、アンダルシア、18世紀

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栓付水差し、スペイン、カスティリアラ・グランハ・インデフォンソ王国ガラス工場
繊細な図柄、私の好きな繊細さです。

第2章  ヨーロッパ諸国の華麗なる競演

19世紀に入ると、欧州では芸術的趣味の変化によってバロクやロココ調の優美な作風はすでに過去のものとなり、新古典主義の流行とともにカットや金彩を用いた抑制の効いた装飾が主流となった。しかしながら、19世紀前半は欧州におえるガラス産業の停滞期にあたり、製品の質や芸術性において前時代の作品に劣るものも少なくなった。
洗練されたガラス器の生産が滞りを見せる一方で、食器や鏡、燭台のような生活に密着した製品の生産は続けられたが、そのような状況の中で脚光を浴びたのは、ガラス製ビーズであった。かってヴェネツィアが独占的に市場を席巻してきたビーズ生産は、18世紀後半に開発された新たな技法の登場によって広く欧州各地に普及し、ビーズを用いた刺繍や手工芸の流行とともに隆盛を迎えた。
欧州のガラス工芸が再び勢いを取り戻す契機となったのは19世紀後半から20世紀にかけて各地で次々と開催された万国博博覧会であった。新時代にふさわしい表現手段が模索されたこの時期には、産業革命による新たな技術的基盤を背景に、伝統的な装飾技法をより洗練させで組み合わせた作品が次々に生み出された。19世紀末からのアール・ヌーヴォーの流行も、ガラス工芸の方向性に大きな変革をもたらした。旧来の技法を応用しつつも、伝統的な美的概念にとらわれない自由な発想で生み出されたフランス・ナンシーのエミール・ガレやドーム兄弟の作品は、まさにその嚆矢となった。被せガラスを大胆に用いた自然主義的・象徴主義的な作風はこの様式の代名詞ともなり、ガラス工芸の分野に新たな一時代を築いた。
20世紀初頭のアール・デコ全盛期に活躍したルネ・ラリックもまた時代の変革者として記憶されている。社会構造の変化に伴う大量生産消費社会の到来を背景に、近代工芸技術の恩恵を最大限に享受した作品は、それまで連綿と続いてきた手業と技巧による作品創造の世界を一変させることとなった。

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モザイク画「ティポリの大滝と巫女の神殿」  ミラノ、ジャコモ・ラファエリ 1817年
モザイクの精密さに思わず「凄い」と言ってしまいました。これだけ細かな描写が出来るなんて、どれだけ細かな作業をしているのでしょう。

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小さなガラス某の束27個 一部

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ビーズとガラスの管玉の見本が入った箱  一部

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ヴェネツィア、「アントーニオ・サルヴィアーティ博士」社 1878年頃
色々な色彩を放つレースグラスが見事です。

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ルートヴィヒスルストのスイス風家屋の風景を描いたタンブラー オーストリア、ウィーン、アントン・コートガッサー 1820年頃
タンブラーにまるで絵画の様に描かれた模様が素晴らしく、とても心惹かれました。

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狩猟場面を描いたゴブレット  北ボヘミア? 1850年頃
臨場感のある狩りの様子を表した細工が素晴らしいと思いました。

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ボルドー産赤ワイン「クラレット」用のピッチャー  ロンドン、ハルト&ロスケル社 1850/1851年

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ナポレオン一世のモノグラム(組み合わせ文字)のある旅行用タンブラー、皮のケース入り フランス、19世紀初頭

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地球儀の形の嗅ぎタバコ入れ  ドイツ、18世紀半ば
懐中時計  ロンドン、親方:ジョン・マグソン、18世紀後半
どちらとも細かい細工が素晴らしいと思いました。

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ヒキガエルとトンボを描いた花器  フランス、ナンシー、エミール・ガレ、1888年

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ベゴニアの花と葉を描いた花器  フランス、ナンシー、エミール・ガレ、1900年

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花を描いた花器  フランス、ナンシー、ドーム兄弟ガラス工場、1900年頃

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女性像を浮彫にしたデカンターと4点のタンブラーのせっと  フランス、パリ、ルネ・ラリック、1911年のモデル

第3章  ロマノフ王朝の威光ーーーロシアのガラス(18~20世紀)

ロシア地域におけるガラス製造の歴史は、ルーシ(キエフ大公国)において11世紀の前半より始まったとされる。13世紀に発生したモンゴルのルーシ侵攻によって一時中断された時期を経て、ロシア帝国の前身となるモスクワ・ルーシ(ルーシ大帝国)が成立し、欧州域の文化が同地域に流入すると、この地における本格的なガラス器の製造が開始された。
17世紀から18世紀の前半にかけては、ガラス器はロシア帝国の君子や名門貴族など、限られた人々のみが手にすることのできる奢侈品のひとつであった。これらのガラス器はサンクトペテルブルグ郊外の民間の工房で制作されていた。
18世紀半ばの女帝エリザヴェータ・ペトローヴナの治世下、ロシアにおけるガラスの加工技術は円熟期を迎え、入念な調整が施された様々な製品が生み出された。宮廷内で使用される製品にはエングレーヴィングによって紋章やモノグラム(組み合わせ文字)が彫刻された。当初ロシアでは無色ガラスを材料とした製品が作られていたが、科学者ミハイル・ロモノーソフによって着色ガラスの製法が開発されると、製造時に金を用いたルビー・グラスをはじめ、多彩な色ガラスを使用した製品が生み出された。1777年、女帝エカテリーナ二世は、内縁の夫であったポチョムキン公爵にガラス工場を贈与する。この工場は1792年所有主の死語に国有化され、ロシア皇帝ガラス工場として欧州における有力なガラス器製造拠点のひとつとなった。同工場で製造された鏡やガラス製食器セットは、外交的な贈答品としても使用された。
他地域の進んだ加工技術を吸収する努力も続けられた。豊な経験を有する職人たちが諸国のガラス生産地へと派遣され、英国からクリスタル・グラスの製造法と装飾技術が導入された結果、素材の特質を生かした高品質な製品の開発に成功した。
19世紀末、経営状態の悪化とともに工場は帝室の磁器工場に吸収合併され、帝室磁器、ガラス工場として新たな歴史を歩み始めた。世紀末から20世紀初頭にかけての欧州における新たな芸術運動の潮流は、ガラス工場にも影響を与えた。工場では世界中から収集された各国製品の研究と模倣を通して、絶えず新たな芸術的・技術的探究が続けられた。ナンシー派のガレに触発された多層色ガラスの花瓶などが製造されたのもこの時期であった。

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女帝エカテリーナ二世の肖像を描いたゴブレット  ロシア、サンクトベテルブルグ・ガラス工場、18世紀後半

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メダイヨン:大公アレクサンドル・パーヴロウィチの肖像  ロシア、帝室ガラス工場、1794年

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王冠のしたに「MYa」のものぐらむのある栓付デカンター  ロシア、帝室ガラス工場、18世紀後半

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矢筒と子犬とともにキューピッドを描いた蓋付大杯、ロシア、帝室ガラス工場、19世紀第1四半世紀
キューピッドの絵柄がとても繊細で可愛らしい大杯でした。

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花器  ロシア、帝室ガラス工場、1830年第後半ー1840s

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栓付デカンター  ロシア、帝室ガラス工場、1880-1890年代
今でも花の絵付け方法が解明されてないそうです。花がとても立体的に絵付けされています。

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花器「ケシと蝶ちょ」  ロシア、帝室ガラス工場、1897年

沢山の展示品毎に感動を受け、見応えのある展覧会でした。

何時もの様に庭園を散策し帰路につきました。


http://www.teien-art-museum.ne.jp/index.html




















crystaltakara at 13:08│Comments(0)TrackBack(0)

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