2010年11月24日

ベニシアの旅 心の庭を求めて

ベニシアさんの里帰りの模様が放送されました。「心の庭を求めて」の題名の通り、イギリスと日本に生きたベニシアさんの心の軌跡とも言える番組となっていました。

ベニシアさんの京都、大原での生活から番組始まります。

最初の訪問地はイギリス、ダービーシャー。ベニシアさんのお母様の生まれ育った家、ケドルストン ホールを訪問します。18世紀半ばロバート・アダムにより建築され、カーゾン家が代々守っています。

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ベニシアさんが貴族の生活を最初に意識した場所です。一族の為の教会を訪れます。その後ベニシアさんがとてもお気に入りだった祖父と過ごした図書室を訪れます。下の階にはインド総督を務めた28代ジョージ・ナサニエル・カーゾンの収集した東洋の美術工芸品が大切に保管されている東方美術館があります。カーゾン氏は日本を二回訪れ、京都も訪れています。その様子は旅行記に書かれています。ベニシアさんは美術工芸品に興味を持ち。東洋の国に行きたいと思い、此の東洋的な世界に浸っていたとの事です。この頃より、ベニシアさんの東洋への旅立ちが始まっていたのですね。

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ベニシアさんの人生初めての庭は庭職人達により美しく保たれている「風景庭園」でした。好きな花を植える事も花に水もやる事の出来ない庭でした。

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お母様と会う事も許可無しには出来ない、貴族の人としか会話をしてはいけないと言う様な生活にベニシアさんは違和感を感じ、自分の価値観に合わないと思う様になりました。

ある日、ベニシアさんは小さな冒険をします。屋敷より抜け出し、ケドルストンの集落に向かいました。すると突然、理想の家を見つけます。

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庭には蔓バラが咲き、花壇には野草やハーブが植えられています。

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いかにも平和で心地良さそうな光景とベニシアさんの目には映りました。そこから夢が始まりました、40年後に現実のものになるとは思わず。

此の様子はベニシアさんの素敵なエッセイ「夢のコテージガーデン」で紹介されます。ベニシアさんのエッセイの朗読は心地よく、聴き入ってしまいます。

次に子供の頃に住んでいたジャージー島を訪れます。此の島で6歳から11歳まで小学校生活を過ごします。お母様の再婚相手のジョン・ロバート氏の家を訪ねます。

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ジャージー島ではケドルストンと違う生活が始まります。お母様が自らの手で庭を作り初め、一人づつ植物を植えるコーナーが設けられ種をまいて植物の芽が出る事に喜んだり、花束を作ってお母様に贈たりする喜びを味わいます。此の変化はベニシアにとってとても嬉しい事でした。

ベニシアさんは小学校時代の同級生スーザンさんと再会し、小学校を訪れます。

此の小学校時代にベネシアさんには良き理解者がいました。大叔母のアン・ビックフォード・スミスさんです。学校の帰りにアン叔母さんの家に寄り道するのが楽しみでした。家の古い扉をたたくととても歓迎してくれました、冬には火をおこし一緒にスコーンを作りお茶をいただきました、そんな関係がとても嬉しかったそうです。アン叔母さんは賞を貰ったりするととても喜んでくれて「頑張り無さい」「勉強しなさい」と励ましてくれました。けして教育ママでは無いアン叔母さんは「恵まれた人は人の為に何かしないといけない」と教えてくれました。お母様の価値観とは違っていましたがベニシアさんはアン叔母さんの考えが正しいと思いました。

ベニシアさんはスーザンさんと一緒にアン叔母さんの家のあった場所を訪れますが、もう他の建物が建てられていて、叔母さんの好きだったベリーの木が僅かに遺されているだけでした。

スーザンさんは「叔母さんの味を一緒に作ろう」といってくれます。二人は地元の牧場のお店でスコーンの材料を買い、スーザンさんの家でスコーンを作ります。

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ベニシアさんにとってはアン叔母さんとの思い出のお菓子。クロテットクリームとジャムをたっぷりのせて、アフタヌーン ティーを楽しみます。

「アン叔母さん」と題したエッセイが朗読されます。
「心地よい暮らしに必要なものは最初から持っているのにどの人のその事に気が付いていない」と大叔母は教えてくれました。本当に求めている内なる平和は自分自身の心の中にあるというのに。大叔母はよく此の様に言いました「ベニシア、大きくなったら世の中の為になる事をするのですよ」アン叔母さんは本当に素晴らしい方だったのですね。思わず頷いてしまいます。

ベニシアさんはアン叔母さんの言葉を考える様になりました。「私が求めている物は人生を自分の手で切り開いてゆく事」その様にベニシアさんは考える様になったとの事です。ベニシアさんは海に続く散歩道を歩きながら「これからの人生どうするのだろう」と考えたそうです。お母様は再婚を繰り返すし、大好きなお父様は亡くなってしまうし・・・どうやって生きるのかを散歩をしながら考えたそうです。海を見ると落ち着き、自分が海の向こうの何処かに行くのだろうと考えていたそうです。

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ベニシアさんは12歳になる前にジャージー島を出てロンドンにある寄宿舎のある学校に転校しましあ。これが幸せを自分の足で探す第一歩だったのですね。幼い年齢で此の様に考えて、実行すると言う事は本当に尊敬に値しますね。人の心の素晴らしさを改めて知る思いがしました。

スーザンさんが中心となり同窓会を開いてくれました。

ベニシアさんが次に訪れたのはアイルランド ドロミニアです。お母様が晩年を過ごされた地です。母ジュリアナさんは40歳の時に新しい恋人を追って此の地に移り住みました。貴族と言う肩書を捨て、小さなホテルを経営していました。ベニシアさんは社交界にデビューしていましたが、貴族との結婚に興味がなかったので19歳でイギリスを飛び出しました。

ドロミニアでは妹ルシンダさんの家を訪れます。12歳はなれた妹をルルと呼んで可愛がっていたベニシアさん、今でも兄弟の中でも一番気が合います。ベネシアさんが此処を訪れる時一番楽しみにしていたのはルシンダさんの庭でした。まずは歓迎のセレモニー、餌をまくと白い鳩が巣箱に集まってきます。結婚20周年に夫より送られた物だそうです、鳩も32羽いるとかスケールが違います。

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鳥が好きなルシンダさん、庭に飼育小屋を持ち、鳩を初め鶏、家鴨、鴨などおよそ100羽もの鳥を飼っているそうです。

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広々としたメインガーデンは芝生を縁取る様に様々な花が植えられています。

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ベニシアさんより贈られたオトギリソウ

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レモンバーム  ルシンダさんは鶏に食べさせてしまうとか、ベニシアさんも驚いていました。

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形式にとらわれない、のびのびとしたルシンダさんの庭、庭は生きかたそのものと考えるベニシアさんにとってとても嬉しい物でした。

庭の果樹園ではカシスがたわわに実っています。ベニシアさん達はデザートの材料として収穫します。

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同時にハーブサラダを作る為にハーブを採ります。ルシンダさんの庭には一年中、自家製のハーブを楽しめる様にあらゆる種類のハーブが温室で育てられています。

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ベニシアさんがハーブを研究する様になったのはルシンダさんから贈られたハーブの本がきっかけでした。

ベニシアさんとルシンダさんは一緒にお料理を楽しみます。

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焼いたメレンゲと生クリームで作ったケーキに収穫したカシスを飾ります。このケーキはお母様の経営するホテルの人気メニューだったそうです。

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ルシンダガーデンのスペシャルサラダ

ドロミニアの中心部、お母様の晩年暮らしていた家を訪ねます。小じんまりした庭でガーデニングを楽しんでいたそうです。

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旅の最終日、ベニシアさんはお母様のお墓を訪ねます。

ベニシアさんは自分が亡くなる時は自分の人生は楽しかったと思いたい、母も後悔なく楽しかったと思っているのではと述べます。

エッセー「親愛なる母へ」の中で述べられたいた次の文に感銘を覚えました。「生涯を通じてどんな良い事や悪い事があったか、また何を遣り遂げたかで人生を評価する人が多いけど、私の日々の生活がどれだけ満たされ、幸せであったかで人生を評価したい」

ベニシアさんの旅は終り、京都 大原でのベニシアさんの日常生活に戻ります。

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going east going west
but going home is always best

なにげない日常がもたらしてくれる幸せに感謝を忘れずにいたい。

とても共感を覚えます。此の番組を観て、心に響く言葉が沢山ありました。私も日常の幸せに感謝する気持ちを持ち続け様と思いました。


        猫のしっぽ カエルの手
                 ベニシアの旅 心に庭を求めて  引用



crystaltakara at 18:21│Comments(0)TrackBack(0)

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