2009年11月29日

大阪図屏風の謎


オーストリア・グラーツのエッゲンベルク城に350年前に東洋からある絵画が渡って来ました。

エッゲンベルク城

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その絵画はインドの間に西洋人の描いた中国風の人物画と交互に八枚のパネルとして壁に埋め込まれていました。

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2000年にパネルの修復が行われ、日本の和紙の上に描かれた絵画である事が判明し、八枚のパネルの絵を並べてみると屏風である事が判明しました。

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日本の調査団も加わり調査が行われる事になりました。

此の屏風には日本の城、大阪城が描かれ、当時の大阪の町が克明に描かれていました。

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豊臣期に描かれた屏風の中で大阪城と城下町が描かれたのは此の屏風が初めてです。

大阪城は屏風の半分を占めて描かれおり、周囲には住吉大社、平等院鳳凰堂が描かれています。

大阪城の千畳御殿、馬出曲輪、極楽橋が描かれており、それらの詳しい説明がされていました。

コンピューターグラフィックを用いて当時の大阪城の実像を写しだしましたがあまりの壮大な事にとても驚きました。

何故此の屏風が渡ったのでしょうか。

ヨーロッパでは東洋の美術品を買い求め様とする傾向が高まったとの事です。

オランダ東インド会社が1608年に日本の平戸に商館を持つ様になり1642年に入るとヨーロッパより屏風の注文が入る様になり、1645年までに90の屏風が輸出されたとの事です。その中に此の大阪城屏風が含まれていたのではないかと推察されるとの事です。

此の屏風には船場の様子が克明に描かれています。大地震で壊滅した大阪を復興しようと計画的な都市計画をして船場を作りあげたとの事です。当時、大阪町中屋敷替えを行い、税金を免除する事で船場に町人を集めたとの事です。船場は大きく発展し、その様子は此の屏風にも克明に描かれています。大阪は当時20万の人口を有する大都市だったとの事です。とても驚きました。

屏風は珍しい物として埋蔵されていたと推察されます。

ところが此の大阪図屏風に大きな変化がもたらされる事になります。

当主の孫に当たるマリア・エレオノーラは城を与えられ、異国主義を盛り込んだロココ形式の部屋を三部屋作ります。

磁気の部屋

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東洋の磁気を部屋一杯に飾ってあります。飾って有る多くの磁気は伊万里焼の色絵皿です。壮観ですね。

中国風布飾りの壁の間

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中国の新の時代の布が壁に貼り付けられています。宮中の人々が描かれています。

私達が欧米の文化、芸術に関心を持つのと同じに当時のヨーロッパの人は東洋の文化、芸術に興味が有ったのですね。

そしてインドの間

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中国風布飾りの間と同じ様に屏風はバラバラにされ、8枚のパネルとして西洋人の画家の描いた中国風の人物画と交互に飾られいました。

屏風はとても大切にされていた事実が分かります。パネルを外して裏を調べると枠の合間ごとにカンバスが張られ補強されていたのです。そしてパネルの中に入れられた事に依り湿度、気候の変化より守られて、今日、美しい姿を見せてくれています。

又、第二次世界大戦の折にソレン兵の略奪にあいましたが、壁と化していた屏風は守られたのです。残る運命に有った屏風と思われますね。

此の屏風は徳川家光の時代に描かれたと推測されます。

何故、徳川の時代に大阪夏の陣で壊滅してしまった、大阪城と大阪の町が描かれたのか。

民衆の間に残っていた豊臣びいきの風潮ではないかとされています。

大阪夏の陣で大阪城も繁栄を極めていた城下町も焼け落ちてしまいます。そして豊臣を消し去ろうと徳川は新たな大阪城を築きます。大阪城の地下10メートルの所に秀吉の大阪城の石垣が埋まっているのが見つかっています。歴史の残虐さを思います。

秀吉を懐かしむ町人衆により、秀吉の夢の都が屏風に刻み込まれたと考えられます。

現代でも住吉家に代々伝えられて来た神様の像が大切におまつりされています。それは自らが豊国大明神となった秀吉の像です。

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改めて大阪図屏風を見てみると。中心に巨大な大阪城が描かれ、庇護するかの様に豊臣家の縁の寺社が描かれています。
石清水八幡宮、四天王寺、住吉大社、そして屏風の四面に渡って住吉祭りの行列が描かれています。

秀吉の夢の都、町衆達が思い描いた夢の町が屏風に描かれているのです。

2009年にオーストリアのフィッシャー大統領が大阪城を訪れ、大阪城とエッゲンベルク城との間に友好城郭提携が結ばれました。

大きな歴史の旅をした屏風が両国の親睦に力を貸してくれたのですね。とても数奇な運命を持った屏風です、この屏風を描く事を切望した町衆の熱気を感じます。








crystaltakara at 18:35│Comments(1)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by 上野敬子   2012年04月19日 10:58
5 BSで再放送を見ました。一度オーストリアに行ってこの目で確かめたいですね。お城には入ることが出来るのですか?

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