2011年02月

2011年02月27日

オステオスベルマムの寄せ植え

先日の春一番の風が吹いてから暖かい気候となりましたね。今日も暖かくガーデニィング日和となりました。

宝との長い散歩の後、寄せ植えを作りました。

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後ろに植えてある銀葉の植物は以前より植わっていた植物を其の儘に。
中央に白い、斑入り葉のオステオスベルマム ザィールバリェガータを植え込み、その両脇にいかにも風船の様に丸い花形をしたスカビオサ ブルーバルーンを植え込み、その両脇にピンク色のオステオスベルマムを植え込みました。両方のサイドには葉色の鮮やかなロータス ブリムストーン、青い小花の可愛らしい勿忘草、銅葉のシックなアジュガ チョコレートチップを植え込みました。アジュガはこれから青いお花が咲きます、蕾もブルー色に染まっていますから、お花の咲くのが楽しみです。此のお花が咲くと色のトーンが全体的にマッチするのではと思っています。

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クリスマスローズも暖かさに誘われてお花を開き始めています。

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清楚な白い花の美しい エリック・スミス

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ピンク色が乙女の様に可愛らしクリスマスローズ


散歩をしているとなんと おおいぬのふぐり の群生地?をみつけて、思わずエキサイトしてしまいました。私にとっては春を告げる花と言う印象があるので、春の訪れを感じます。

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写真を必死に撮っている最中、宝が花を踏みつけてフラフラしていました、「花を踏まないで~~~~」

散歩の最中、満開のミモザの木を多く見かけます。

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此方のお家のミモザは毎年、見事な花を咲かせています。






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2011年02月26日

欧州鉄道の旅・特別編 (4)

オリエント急行はインスブルックを後にします。インスブルック中央駅を出発したオリエント急行はいよいよブレンナー峠を目指します。かなたに見えていた山々が近くまで迫って来ました。3000メートル級のオーストリアアルプスです。二重連の機関車は心地よいエンジン音を響かせて17両編成の車列は右に左にカーブをきりながら登っていきます。インスブルックからおよそ30キロ地点、オリエント急行が美しく見えるというオメガループに差し掛かります。180°ターンする急カーブの形がギリシャ文字のオメガ(Ω)に似ているところからこう名付けられいます。車窓からは絶対に見る事の出来ない景色をもう少しでご覧れましょう。オリエント急行がいよいよオメガループに入って来ました。二重連の機関車に牽引されて急な登り勾配をゆっくり、ゆっくり登って行きます。小さな家や教会のある村の中を抜けてオメガの頂点を目指して進んでいきます。オリエント急行が最も美しい走りを見せるオメガループです。列車はさらにブレンナー峠を目指して登って行きます。

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オメガループを登り切るとすぐにプレンナー駅に到着します。此の駅はオーストリアとイタリアの国境にあります、ついにオリエント急行は最後のイタリアに入ります。駅名は上のブレンネルがイタリア語で下のブレンナーがドイツ語です。一つのプレートに二カ国語で表記されている世界で珍しい駅なのです。

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変わって登場して来たのはイタリア国鉄の機関車です。オーストリアからイタリアへ入国する為のパスポートチェックを経てプレンネルの駅をスターとします。いよいよ終着駅のヴェネツィアの駅を目指して走ります。旅人は美しい景色を見ながら思い思いの時間を過ごします。

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ランチの準備が始まり、厨房では12名のシェフが腕を振います。メニューは3ヶ月毎に変えられます。

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ズッキーニの花詰め物3種 フォアグラ 小海老 ワイルド・マッシュルーム 白トリッフオイルのヴィネグレット・ソース

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カレイのロースト バーベナ風味 アーモンドのビスケットとサンドライトマト

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レッドベリーのスポンジケーキ

レストラン・カーを選んで予約出来るのはとても楽しい事です。さらに列車の通過時間を調べてどの景色の時に合わせて食事をとるのか選択種にいれておくといいかもしれません、シェフが腕をふるった料理をさらに美味しくいただけるはずです。

レストラン・カーで食事をとっている間に列車はイタリアの地を南に向かって走っています。ここれチーフ・ウエィターのジュゼッペさんにサービスの哲学を聞いてみました。

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「オリエント急行に乗るのを夢見て何処の国からいらしたとしても全てのお客様に差はありません。私どものサービスで素敵な車中の時間を過ごせるのが最も価値のある事なのです。電車を降りてホームでお別れする時、お客様の笑顔を見るのが一番幸せな瞬間です」

窓の外には規則正しく植えられた一面のフドウ畑が広がっています。どこまで行ってもブドウ畑。さすがワィン王国イタリアです。この辺りは上質なワインを産出するアラ。此の村ではキノと言うブドウから白ワイン、マルザミーノと言うブドウから赤ワインを生産しています。

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そして午後3時、オリエント急行最後のアフタヌーンティーのサービスが始まります。ご夫妻はティーで乾杯。この二日間の素晴らしい一生の思い出に乾杯する気持ち、良く分かります。

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ロンドンを出発してから28時間あまりが経ちました。終着駅のヴェネツィアまであますところ2時間ちょった。ここはレストラン・カーに併設されたブティックです。このブティックにはオリエント急行の中でしか買う事の出来ないオリジナルな商品が置かれています。

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「一番人気なのが三匹の小熊です。運転手、料理長、キャビン・スチュワートの衣装を着て可愛いですよ。」

それでは終着駅、ヴェネツィアに到着する前に、一足早くヴェネツィアの素晴らしさをご紹介しましょう。アドリア会の真珠の都と呼ばれる水の都、大小合わせて120近い小島からなっています。その中で最も大きい島、ヴェネツィア本島です、サンマルコ広場には何時もおおらかな自由があります。

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栄光と苦難の歴史を繰り返してきたヴェネツィアを翼を持ったライオン像が守っています。

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多くのゴンドラが静かに繋留されているリアルト橋付近、最も賑やかな所です。

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いよいよオリエント急行は終着駅ヴェネツィア・サンタルチア駅へ向かって夕日を浴びたリヴェルタ橋を渡ります。ロンドンを昨日の午前11時10分、定刻に出発して、およそ30時間、全行程1750キロ、6ヵ国を駆け抜けてオリエント急行はサンタルチア駅へ入って行きます。この旅で初めて見る青い海原に浮かぶヴェネツィアの町、潮風が心地よく感じられます。

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夢の様な長い旅が終わってしまう事を惜しむ様にゆっくりゆっくり終着駅サンタルチア駅のホームは入って来るオリエント急行。二日間の短い旅でしたが、しかし何故か夢の中で旅をしていた様に思います。プラットフォームに立つ乗客とスチュワートの間に名残惜しそうに挨拶が交わされます。何時までも此の二日間の旅の記憶が残る事を祈ってスタッフ達も心から有難うを送ります。

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かって王侯貴族が思いをはせた土地、オリエントへ向かう豪華な鉄道の旅、そこには単なる移動手段ではない鉄道の旅ならではの至福の楽しみがあったのです。

19世紀末ベル・エポックの良き時代に誕生し、ヨーロッパを走り続けて来たオリエント急行。鉄道黄金時代を今に伝えつつオリエント急行は人々の夢を乗せてこれからも走り続ける事でしょう。

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正に豪華ホテルに一泊するかの様な豪華な旅、皆が憧れる事も分かります。美しいレストラン・カーの装飾、サービスの精神、車窓からの美しい景色どれをとっても素晴らしいですね。「何時かオリエント急行に乗る」それを夢にしたいと思います。




                                       欧州鉄道の旅・特別編  引用



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2011年02月25日

欧州鉄道の旅・特別編 (3)

列車はすでに国境を越えスイスに入っています。東の空が白々と明けて来ています。まだ町は眠りからさめていません。こくこくと移り変わる小窓の外の風景を見ていると高原の朝のひんやりとした空気がキャビンの中に満ちてゆきます。朝5時、スチュワートは火を起こす作業から今日一日が始まります。「これがボイラーです、お湯をわしています。大きい方は暖房としても使っています」冬の暖房は薪と一緒に石炭をくべます、石炭によってより強力になった熱気がハイプを伝わって各キャビンに流れ、暖める仕組みになっています。オリエント急行には電気を使った空調設備はありません。窓の外の新鮮な空気が自然のエアコンなのです。今でも19世紀に作られた伝統を其の儘守り続けているのです。

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キャビンの通路に焼き立てのクロワッサンの香りが広がって乗客達は眠りから覚めた様です。朝食の配膳は全てキャビンのスチュワートが担当します。焼き立てのクロワッサンを自分が担当するだけの分を取るとキャビン・カーに運びます。味わいを楽しんで貰う為、夜中に心をこめて焼いたパンです。

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あらかじめセットしておいたトレーにパンをのせ、手早く朝食の準備に取り掛かります。此の手際の良さはオリエント急行の130年の長い歴史の中で培われた合理的な朝食の配膳システムなのです。朝食は各キャビンで取る事になっています。お客様の希望する時間に合わせてキャビンに届けます。朝食メニューはコンチネンタルブレックファースト。フレッシュジュース、パンと紅茶もしくはコーヒー。実にシンプルな朝食です。特製のバターとジャムを塗って焼き立てのパンの味を楽しみます。

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移りゆくスイス高原の景色を愛でながらまさにゴージャスなオリエント急行ならではの至福の朝をむかえました。オリエント急行を力強く引っ張っていくのはスイス国鉄の機関車です。

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午前9時10分スイス、ブッフス駅のホームに滑り込んでいきます。オリエント急行はロンドンからベネッツチィア迄750キロ走りますが、6ヵ国の国境を越えて走る国際列車です。隣の国に付く度に機関車をその国の機関車に変えて走ります。ここでスイス国鉄からオーストリア国鉄の赤い列車にバトンタッチします。

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これまでの経過を打ち合わせて、いよいよ出発です。スイス、ブッフス駅を出たオリエント急行はオーストリア、チロル州の首都インスブルックを目指します。

1883年開業以来ヨーロッパ各国へ抜けてさまざまなコースが出来たオリエント急行ですが、スイスからオーストリアにかけて風光明美なアルプス山脈をこえて行く此のコースはそ景色もあいまって人気があります。遠くにオーストリアアルプスの山並みが見え始めます。当時はアルプスを循環するシンクロントンネルを通過していましたが、現在はトンネルは使わずあえて遠回りをしながら、アルプスの山越えをして行きます。20世紀初め、ほぼ100年も前、製造された車両がどうやってこの過酷なアルプスの山を越えて行く事が出来るのでしょうか。そこには鉄道技術者の涙ぐましい努力があったのです。昔の車両の原型のままに実は車輪の足回りを強化し安全確保しています。内装関係は当然のごとく時間経過とともに
傷つき、耐久性は衰えてきます。オリエント急行の特徴であるアンティークの美しさを保つ為に担当者の苦労があったのです。「この車両は1930年に製造されました、オークションで購入したこの車両もパネルが掛け落ちていました。しかし昔の寄せ木細工のデザインを正確に修復しました。新しい木材でマホガニーの味わいを復元しなければなりません。この木は70歳なのに古い方は130歳以上の歳月を経ているのです。オリエント急行独特の寄木細工のデザインを尊重し復元に努力しています。」

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11時半過ぎ列車はオーストリア、インスブルック中央駅に入ってきました。駅の背後には頂上にまだ雪が残っています、ノルトケッテ連峰が屏風の様に連なっています。

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オールスリアはヨーロッパのほぼ中央に位置し周囲をスイス、リヒテンシュタイン、ハンガリー、スロバキア、ドイツ、チエコ、イタリアに囲まれた人口830万人の小国です。インスブルックは中世の昔から交通の要所の町として栄えてきました、現代でもその役割は変わりません。ヨーロッパ各国へと繋がるハグ駅として多くの人達に利用されています。中央駅のプラットフォームからはここインスブルックで1964年と1976年の二度にわたって開催された冬季オリンピックのジャンプ代を見る事が出来ます。ウィンタースポーッの盛んなヨーロッパ、中でもスキージャンプは人気の競技種目です。ベルクィーゼルジャンプ会場で繰り広げられた白熱の戦いはインスグルックの名前をいちゃく世界に知らしめ、冬はもとより夏のリゾート観光地として世界中から観光客が訪れる様になったのです。

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雄大なアルプスの山々に囲まれたチロル州、その首都のインスブルックはヨーロッパアルプスで最も大きい古い町でした、現在の人口はおよそ13万人、町の中央をイン川が流れる山間の美しい町です。町の中心地から出発するノルトケッテン鉄道に乗り、途中ケーブルカーに乗り継いで標高2000メートル近くにある展望台に進みます。途中、マウンテンバイクでスキーコースを下る勇敢な遊びやハイキングコースを散策する人などが眺められます。フィンガーブルク展望台にはヒュッテがあり、雄大な景色を見下ろしながら飲むオーストリアビールの味はまた格別です。

インスブルックの市民の足は路面電車、バス、自転車です。赤いモダンなデザインの路面電車は中世の街並みにはえています。1490年にチロル候によって町の基礎がつくられ、その旧市街の一角に心休まる教会があります。ローマカトリックのチロル地方の総本山聖ヤコブ協会です。

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今やインスブルックの象徴となった黄金の小屋根があります。チロル候がパレードを見下ろす為に作られた特別桟敷席ですが、その屋根には
2657枚の金の瓦が使われています。今でも時間によっては屋根が光輝くのを見る事ができます。

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オーストリアの中でチロル地方にローマ文化の影響が多く見られます。古代ローマ帝国時代以来ヨーロッパの東西南北を結ぶ交通の要所として重要な都市であったインスブルック、様々な文化をはらんだこの町は中世と現在が混在すつとても幻想的な都市です。

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さてインスブルック駅のホームではしばしオリエント急行が休んでいます。オーストリア国鉄の主力電気機関車1116形タウラスがやって来ました。アルプス越えに備えて機関車をさらにもう一両増結し、いわゆる二重連でワゴンリーを力強くひいて行きます。運転室では機関車の出発作業によねんがありません。これから車窓に現れるアルプスの風景は乗客の皆さんにとって最も楽しみな事なのです、走行速度一つにも演出が必要です。ゆっくりとスタートします。

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各国毎に機関車を連結する事をしりました。6ヵ国を走り抜けて行くオリエント急行はまさに国際列車なのですね。一カ国一カ国に降りたってみたくなりますね。



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                        欧州鉄道の旅・特別編 引用




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2011年02月23日

欧州鉄道の旅・特別編 (2)

ワゴンリーの車体の横に描かれた金色の向獅子のレリーフがオリエント急行の歴史をものがたり、燦然と輝いています。

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いよいよ期待に胸ふくらませる乗客を乗せてパリへ向けてヨーロッパ大陸を滑り出し始めました。駅を出てまもなく全車両のキャビンにトレイン・マネージャーの車内案内のアナウンスがあります。ワゴンリーの車体は1920年~1930年代にかけて製造され、全17車両、全長401メートルでその姿は走る貴婦人とも呼ばれています。キャビンの内装もマホガニーの壁にゴブラン織の座席、当時のエレガントな佇まいをそのまま残しています。乗客のお世話をする専任のスチュワートが車両ごろに付いています。一泊二日の鉄道の旅、食事の予約方法、トイレの場所、ベッドの使い方など始めて乗車した乗客にとって必要な情報をスチュワートは丁寧に一つづつ説明して行きます。

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読書用ライト

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扇風機

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ミラーライト

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就寝中のブルーライト

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室内灯

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キャビンの一角に合理的にデザインされた洗面台があり、常時、水とお湯がでます。

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キャビンにはポストカードが用意されています、オリエント急行オリジナルの切手を貼って車内のポストから投函する事が出来ます。アメニィティーも充実しており、心遣いがうかがわれます。

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シングルキャビンは14室、ダブルキャビンは88室、ダブルキャビンの二つの部屋を繋げスィートとして使えるコネクティングキャビンもあります。ワゴンリーは3両がレストランカー、内装が3両供異なっています。

エトワール ドゥノール

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1926年に製造された車両です。壁面には寄木細工が施されています。

オリエンタル

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その名前が示すように中国風の漆絵が装飾に使われています。

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このレストランカーにあるワインセラーには赤ワインはフランスからイタリアまで24種類、白ワインもフランスからイタリアまで、更にシャンパンが用意されています。

コートダジュール

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当時の人気アーティスト、ルネ・ラリックのガラスパネルが爽やかさを演出しています。

ディナーの予約もリクエストをすればお気に入りのレストランカーを選ぶ事が出来ます。

ルネ・ラリックの作品の好きな私はディナーは是非ともコートダジュールでいただきたいなと思います。

レストランカーの隣に連結されているのがバー・カーです。内装をアール・デコで仕上げられたバー・カーは一日中オープンしています。ピアノの生演奏を聞きながらアルコールはもちろんコーヒーやソフトドリンクを楽しむ事が出来ます。

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優雅な雰囲気のオリエント急行にはドレスコールがあります、ディナータイムのレストラン、バー・カーでは男性も女性も正装しなくてはなりません。乗客は期待に胸を膨らませて着飾ってレストラン・カーにやってきます。女性二人旅のアンナさんとマリーさんの選んだのはコートダジュールです。
ソムリエのジョゼルネさんが選んでくれたお薦めのワインを手慣れた手つきで開けてくれます。ワインにまつわるソムリエの話は食事の美味しさをさらに増してくれます。

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キッチン・カーでは限られたスペースでシェフ達が料理の仕上げに掛かっています。ロブスターの尾の向けたか一つにも細心の心配りをしています。料理長の厳しいチエックを受けて初めてレストラン・カーへと運ばれて行きます。

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ブリタニー産ロブスターきゅうりとアボガドのタルタル・アーモンド風味のアオボガドオイル添え
オードブルのシーフードで目に鮮やかな赤いロブスターは食欲をさそいます。
料理長クリスチャン・ボディゲルさんが一つ一つのテーブルを訪ねます。

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続いてメインディシュの肉料理、好みによってひきたてのコショーをかけてもらいます。
ビーフフィレのハーブ焼き ジンジャーブレッド風味のマスタードソース
二人の嬉しそうな笑顔を見て料理長は満足している様です。

二人がメインディシュの肉料理を食べ終える頃、オリエント急行はロンドンを出発してからおよそ9時間、パリ西駅に入ってきました。パリ西駅では水の補給や荷物の積み下ろしの為およそ40分間停車します。

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1883年オリエント急行の始発駅として使用されたパリ東駅、世界の観光都市パリには一年間に実に4,500万人の観光客がやって来ます。パリはどこか人を引き寄せる甘い蜜の様な味がする町かもしれません。

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いつの時代にも文化、ファッション、デザインの最新情報の発祥地であり、世界の流行を常にリードする都市です。19世紀後半から20世紀初頭にかけて当時のフランスはベルエポックと呼ばれる良き時代でした。その文化の中心であったのはアール・ヌーボー、新しい芸術運動でした。
1900年に開催されたパリ万国博覧会で大きな建造物が四つ建てられました、その一つがエッフェル塔、当初その奇抜な外観から評判が良くありませんでしたが、塔の細部を見るとアール・ヌーボーのデザインが施され鉄の塔らしからぬ美しい印象をもたらしているのがわかります。

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そして二つ目と三つ目は同じく万国博の展示場として建設されたグラン・パレとその向かいに建てられたプティ・パレです。古典的な石造り、大胆なアール・ヌーボーの装飾が施されています。現在、美術展などの展示会場として使われています。

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四つ目はセーヌ川に架かるアレキサンドル3世橋。アール・ヌーボーの影響を見る事が出来ます。

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パリの町は町全体が観光名所と言っていいでしょう。町を歩けば重要な建造物を見る事が出来ます。

パリ、オペラ座

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エトワール凱旋門

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そこから遠く無い所にひっそりと存在する地位さな建造物にアール・ヌーボーを発見する事が出来ます。アール・ヌーボーを代表する建築家エクトール・ギマールがデザインしたメトロ(地下鉄)の出入り口。此の斬新なデザインは今でもパリの人々に愛されています。

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パリの高級住宅が立ち並ぶパリの6区モーツアルト通り、このあたりにはベクトール・ギマールがデザインした邸宅が残っています。花や植物をモチーフに自由に曲線を組み合わせていあります。それまで使われなかった無機質の鉄やガラスと言った新素材を利用した独自の装飾性はパリの文化生活の隅々迄影響を与えたのです。

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「ラリックをめぐるフランスの旅」が出版されていますが、フランスの所々でラリックの作品を観る事ができるのですね。フランスにいらっしゃる方にはお薦めのスポットです。

オリエント急行の旅に戻りましょう。

パリは今午後9時57分、定刻にパリ東駅を出発します。目的地はオーストリア・インスブルック駅です。これから夜を徹してはしります。夜半にフランスからスイスに入り、明け方にはチューリヒ湖を横にリヒテンシュタィンを通過し、オーストリア・インスブルックに向かいます。

食事を終えた乗客がキャビンに引き上げ、レストラン・カーは落ち着いた時間が訪れます。しばし遠ざかるパリの灯を眺めながらメインディッシュを堪能した二人は話が弾んでいる様です。

メインディシュの後の楽しみはチーズです。一つ一つチーズの説明を受けながら選ぶ楽しみがあります。香り高く、奥深いチーズの世界をここオリエント急行のレストラン・カーで楽しむ事が出来ます。

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そしてフルコースの最後はデザートです。

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グラン・マニエの冷たいスフレ

二人のディナータイムもそろそろエンディングの時間です。時計は午後10時半を回っています。

この時刻、キャビンではベッドメーキングが始まっています。此の部屋はダブルキャビンになっています、つまり二段ベッドです。何時も快適なベッドを提供しています。

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始めて列車の中で休まれるお客様が安心して眠れる様にスチュワートは枕一つにしても心をこめて準備をしてくれています。何時もの家のベッドとは違う列車の中で寝るということもオリエント急行ならではの楽しみの一つと言って良いでしょう。

パリの灯が遠ざかる頃、バー・カーはヨーロッパの社交界の雰囲気を漂わせています。着飾った紳士、淑女のかわす上品な会話。カクテルの甘い香り、ピアノの音色、ここが列車の中である事を忘れさせてくれます。ここオリエント急行のバー・カーにだけ特別なカクテルを作って貰えます。作家アガサ・クリスティーは旅行が好きでオリエント急行にもたびたび乗車し、1933年不朽の名作「オリエント急行殺人事件」を書き、オリエント急行とアガサ・クリスティーは切っても切れない関係となりました。カクテルが出来上がりました。これがアガサ・クリスティー・ベルーニです。この特製のカクテルは昔のレシピのままです、イタリアのスパークリングワインと桃のピューレと・・・後は秘密です。

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此のバー・カーには閉店時間とうものはありません。

こうしてオリエント急行の一日目は無事終わろうとしています。

オリエント急行ワゴンリーに付いてお話させて下さい。

此処はパリ郊外のミュールズ鉄道博物館です。ここにはかってヨーロッパ大陸を駆け巡った鉄道車両の実物が保存されています。この車両もその一つです、1920年頃、実際にオリエント急行としてパリからイスタンブールまで走っていたオリエント急行のワゴンリーです。ワゴンリーとはフランス語で寝台車と言う意味で、コンパートメントの客車は昼間はリビングルーム、夜はソファーをベッドに変身させてベッドルームとなります。

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ワゴンリーを創設したジョルジュ・ナゲルマケールス氏は食堂車にキッチンを併設し、暖かいフランス料理とワインをサービスし、当時、誰も考えられなかった高価なオリエント急行を走らせたのです。これらは当時、実際に使われていた食器です。この客車の片隅でフランス料理のフルコースを作っていたのです。

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パリを出発しスイス、アルプス、イタリアのベネッツィア、さらにブルガリア、ソフィアを通過してトルコのイスタンブール迄の鉄道の旅は当時のヨーロッパの王侯貴族、文豪、文人にとってもっともファッショナブルな旅だったのです。


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                       欧州鉄道の旅、特別編 引用

















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2011年02月22日

欧州鉄道の旅・特別編 (1)

オリエントエクスプレス ロンドンからヴェネツィアの旅が放送されました。番組を観て本当に夢の様な旅でした

以前ツアーでイタリア、スイス、フランスを電車移動する旅をしましたが、オリエントエクスプレスの旅をイメージしていた私はあまりの現実の違いにがっかりしました、でも心に思い出がたっぷりと残る旅となりました。次にヨーロッパを旅する機会に恵まれましたら是非にオリエントエクスプレスでの旅を楽しみたいと思います。

イギリス・ビクトリア駅には壁に150年前の飾りが残されている。

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ビクトリア駅はドーバー海峡や港町フォークストンなど南へ向かう列車の発着駅となっている。昔からヨーロッパ大陸への玄関口として機能して来ました。
駅の喧騒から離れたひときわ静かな1・2番線ホーム、ここがオリエント急行の待合室です。正面の壁にはオリエント急行の正式の呼び名であるVenice Simplon Orient Expressのマークが一際大きく目に入って来ます。

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19世紀末から20世紀初めエルエポックと呼ばれていたフランスの良き時代を謳歌していたヨーロッパの人々を遠いアジアへといざなうオリエント急行の旅は憧れの的でした。古き良き時代の名残と往時の華やかさを留めるるオリエント急行の魅力は21世紀に生きる私達にとっても変わる事はありません。

チェックインがすでに始まっています、出発に向けてオリエント急行のスタッフは手際よくチックインの手続きを進めています。何時の時代でもオリエント急行の旅は溢れんばかりの心のときめきがあります。昔から変わらない物がもう一つ、それはサーバントの精神です、きめ細かいお持て成しの心です。乗客には座席表と手荷物用タグ、ガイドの小冊子を入れたドキュメントケースが手渡されます。

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荷物は個室内に持ち込むキャビンバゲージ、目的地まで預けるスルーパゲージに分けられます。オリエント急行の乗客は身を軽くして、心おきなく列車の旅を楽しむ事が出来るのです。

列車が静かに二番線ホームに入ってきました。改札が始まりました、車両は11両編成、全ての車両は20世紀初頭、1920年から30年代にかけて製造されたプルマンです。乗客はスチュワートに案内されて指定された号車へと向かいます。各号車には専用のスチュワートがおり、乗車時から降りる時迄乗客のサービスを担当します。

プルマンの車両にはそれぞれ名前が付けられています。

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Ione

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Audrey

国宝級の車両なのです。

アイビス号

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車内に足を踏み入れると此処が列車の中なのかとみまごう程のアンティークな雰囲気に思わずため息が出る程です。ほのかな光のランプ、壁面の寄せ木細工はギリシャの踊り子をモシーフにしています。製造されたのは1925年、最年長の車両です。

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シグナス号

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特徴はマホガニーの内装、優雅なアールデコ調のデザインでまとめられています。内装イメージに合わせて気品あるお皿やグラス、ナイフ、フォークはオリエント エクスプレスの特注品、特にグラスは走行中に倒れない様に低重心設計で作られています。

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プルマンの化粧室も見物の一つです。シグナス号の洗面所の床にはタイルによって白鳥と裸婦をフィューチャーした緻密なモザイク画が描かれています。

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ミネルバ号

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1927年に生まれただけに、しっとりとした落ち着いた雰囲気を醸し出しています。壁面のエドワード調にデザインされた花の寄木細工がとても印象的です。

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長い年月を経て人に手に触れられてきた真鍮のドアノブやカーテン、手摺などは自然に磨かれてもはや骨董的な価値があります。

グエン号

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また一味違う内装です。これまでの金色では無く、銀色に輝く網棚や天井のライトがスマートなデザインになっているからかもしれません。どこかモダンな雰囲気を感じさせます。

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11時10分の発車の時間が迫りました。ロンドン発、ヴェネツィア行きの旅を始めましょう。オリエント急行はロンドン、ビクトリア駅をゆっくりと離れ始めます。南部の田園地帯を走りフォークストン・ウェスト駅へと向かいます。距離にしておよそ100キロ、2時間の旅です。

スチュワートが挨拶を兼ねてウェルカムシャンパンのサービスです。オリエント急行のオリジナルシャンパンが振舞われます。

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シャンパンを味わっている内にやがて窓の外にはイギリスの田園地帯が広がってきます。農家の納屋が見え牛が草をはむのどかな風景の中オリエント急行は快適なスピードで走っていきます。

そして待ちに待ったランチが始まります。料理は全て産地から選りすぐりの食材を使って作られます。そして幸いな事に予約時にベジタリアンである事やアレルギー反応を起こす食材を伝えておけばそれに見合ったメニューを用意してくれます。今日のメニューはどうなっているのでしょう。

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本日のブランチは
あさつき入りスクランブルエッグ、インヴァーロウのスモークサーモン、ポテトとハーブのレシュティ、マシュルーム ソテー添え
英国料理の伝統を感じさせる料理です。デザート タイムになるとトレイン マネージャーが乗客の一人一人に声を掛けています、そして地図を配りながら乗客との会話を始めました。

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18世紀後半にイギリスに始まった産業革命は人々の生活を劇的に変えました。その一つが蒸気機関車でした、1825年に走り出した蒸気機関車はたちまちにしてそれまでの馬車による交通手段にとって変わり、人々はより早く移動することが出来る様になったのです。しかし便利とは言っても汽車のベンチの乗り心地は最悪で、汽車の旅は辛いものでした。そうした汽車の旅を変えた人物がいます。アメリカのジョージ・モーティマー・プルマンです。快適な列車で旅が出来ないものかと考えたプルマンはアメリカで寝台車プルマンカーを考え成功を修めた後、イギリスに進出したのです。鉄道先進国イギリスの技術をふんだんに使い、走行中に食事が出来る、いわば走るリビング&ダイニングカーを考え付いたのです。

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ゴールデンアロー号、黄金の矢と名付けました。そしてフランスに進出、同じ黄金の矢と同じ意味のFlechie D'or号と名付けロンドン、パリ間の旅行をこのうえなく快適にしたのです。そして同じ時期、フランスのワゴンリーカーはパリからトルコの首都コンスタンチノーブル、現代のイスタンブールまで寝台特急シンプロン・オリエント急行を走らせましたが、この列車とゴールデンアロー号の二つの列車はパリで連結され、ここにロンドンからイスタンブール迄、ヨーロッパを横断する全長およそ4,500キロ、所用時間約88時間と言う壮大な鉄道の旅を実現させたのです。

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オリエンオと言う言葉の響きはヨーロッパの人々を遠いアジアへのエキゾチックな旅へと誘うのです。今でも人々の心の中にはそういう思いが残っているのかもしれません。

ロンドンを出発してから時間はあっという間に過ぎ、オリエント急行は最初の停車駅フォークストン・ウェストに近づいてきました。この駅では思いもかけない事が乗客を待っているのです。

列車の到着を待ちかねた様にプラットフォームではデキシーランドのジャズバンドが早くも歓迎の曲を演奏し始めています。プルマンとはここでお別れです。短い間でしたが名残惜しそうにスチュワート達は乗客を送ります。陽気なデキシーランドジャズが流れる中、乗客達はオリエント急行專用バスへと乗り換えて行きます。2009年迄、乗客は高速船に乗ってドーバー海峡を渡っていましたが、海峡は霧がよく発生し、船が欠航するので今は専用バスに乗ったまま海峡を渡ります。海峡を越えてフランス、カレーの街に付きます、イギリスとは1時間の時差があります。瀟洒な家が立ち並ぶ林の中を抜けてカレー・ヴィル駅に到着です。駅には既に「美しき青きプリマドンナ」と呼ばれるワゴンリーが待っています。

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プラットフォームには白いユニフォームを纏ったスチュワート達あ勢ぞろいです。此処でもオリエント急行のお持て成しの心は変わりません。

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                     欧州鉄道の旅・特別編 引用





crystaltakara at 18:16|PermalinkComments(4)TrackBack(0)